人と神の界境


T市にはT山という桜の名所があるらしい。
僕らはその噂の名所を目指して車をひた走る。
いくつか道を間違えながら、ようやく近くまで来れたようだ。


「あ、看板が出ているね。」とネズミ。
「やっと着きそうだね。」と僕。

「T山 →」の看板。


信号を右折してしばらく行くと、前方にライトアップされた桜が見えてくる。小高い丘のようなところに、蛍光灯と電球の入った提灯に照らされて、桜が何本も咲き誇っている。そして、その光の麓には鳥居の姿も見える。


「どうやらついたようだね。」とネズミ。
「だけど、聞いた話だと車で鳥居を潜って行くって言ってたんだけどな。」と僕。


鳥居の下に続く道は縁石があり、道幅も車が通れるような広さは無い。
「まあそんなこともあるさ。」とネズミが先を促す。


ビニールシートで閉じられた出店の横に小さな駐車場を見つけ、車を徐行させる。僕らはそこに空きスペースを見つけて車を滑り込ませる。車を止めて外に下りてバタンとドアを閉めると車のエンジンがカチンコチンと音を出している以外の音は驚くほど無い。辺りの空気は春の割にはまだ鈍く頬を押す寒さがある。


僕らは鳥居の前に行く。
鳥居はこじんまりとしているが古さと威厳がある。


「なんかもっと人がいるかと思っていたのに誰もいないね。」
「リーーン、リ、リ、リーン」ネズミの返事の変わりに風鈴の音が聞こえてくる。
「風鈴かな...」とネズミが風鈴の音の先を探すが闇の中でその所在が知れない。


音の在り処を探すのをあきらめて、鳥居を潜り先に進む。
鳥居の下を進む道は、緩やかな坂道になっており、提灯でぼんやりと照らされた道が続く。坂道を登っていくと、所々に桜が咲いていて、桜の前にくると立ち止まりカメラを構えてシャッタを押す。光に照らされた桜や、闇に埋もれていく桜の陰影が艶やかに現れては消えていく。そうやって5分ばかり登っていくと小さな広場に出る。
この広場は、正面にも同じような下り道が続き、右手に上り階段、左手は風景を展望できるようになっており、ベンチが風景を見れるように設置されている。そして、小さな広場を満開の桜の木が覆っている。ベンチに腰を下ろして眼下をみると、星空のような綺麗な夜景が広がる。


「なかなかきれいじゃないか。」と僕。
「そうだね。でも上に見える桜もなかなかだよ」とネズミ。

綺麗な夜景を背にしてベンチ越しに、さらに上に向かう階段を見上げる。先ほどの緩やかな坂道とは違い、金属の手すりの付いた急な階段になっている。その両脇を桜の木がせり出している。そして、一番上には鳥居が見える。
僕らはベンチから立ち上がり、昇り階段を写真を撮りながら、また更に登って行く。
一段一段上がっていく。
体を動かしたせいか、先ほど感じた空気の寒さはほとんど感じなくなる。
最後の一段を上がり鳥居の真下に来る。
そこは神社の境内のようだ。


鳥居前方の右と左には阿吽の動作で止まっている狛犬
前方には小さな広場。
その先にこじんまりとした神社。
広場の右にはなぜかブランコと豚のプラスチック像。
神社の右横に塔があり、頂上はボヤッと光り輝いている何かがある。
そして、神社の左横にはぼんやりと照らされた満開の桜がある。


軽い違和感を感じる。


廃墟感、威厳、畏怖。次々といろいろな感情が沸く。不思議な美しさがそこにはあった。


僕はその風景をカメラを構えて写真を撮ろうとする。


「開いている、やめたほうがいい。」と後ろにいるネズミがいう。


シャッターが切れない。AFスイッチをOFFにして、シャッターを切ろうとする、が切れない。


止まる。


「・・・」
「・・・」
「しょうがない僕が行くから君は帰れ。」といい、ネズミが階段を上がり、前に進む。


風が吹き、桜が舞う、ネズミが消える。


急に寒くなる。


動き出す。

風景は先ほどと同じ筈なのにそこには感情が沸かない。


「ネズミ...?」、呼んでも彼の存在を確認できない。

怖くなって僕は猛スピードで階段を下りる。
階段を降りきって左に折れて、坂道を降りる。
鳥居をくぐり、風鈴の音を聞きながら駐車場までの道をひた走り車にもどる。


鍵を開けてドアを開けると、助手席にはネズミがいた。


「どうしたんだい。いきなり消えて。」
「なんだい君は、顔が真っ青だぞ。」とネズミ。
「だって、いきなりいなくなっちゃって。」
「まあしょうがないだろ。開いっちゃったもんは。」とネズミ。
「開いたってなんだよ。」と僕
「人と神の界境だよ。」とネズミ。
「???。」
「まあいいじゃないか。」とネズミ。
「なにが、何なんだよ。」
「まあまあ、お互い無事ってことさ。」とネズミはなだめる。
ネズミは、僕にペットボトルのお茶を差し出す。
僕は一気に冷たいお茶を飲み干す。
「落ち着いたかい。」とネズミ、僕は頷く。
「さあ、長居は無用だ。車をだそう。落ち着いてな。」とネズミは言う。


僕はキーを回しエンジンに火を入れる。車内には音楽が流れだす。
先ほどの看板のあった交差点を左折して来た道を引き返す。
周りには、コンビニや、深夜の道を飛ばす車のライトが向かって来ては消えていく。
10個ほどの信号を行き過ぎ、次第に社内は温まり、心地よい空間になる。


「あそこはT山じゃなかったね。 K山というみたいだ。」とネズミがいう。
「え、K山? T山じゃないの」と僕。
「まあ、また君のおっちょこちょいの所為で楽しい体験が出来たってことだよ。」とネズミが笑う。

前方の信号が赤になり、車を緩やかに停車線に止める。
横にいるネズミを見る。


ネズミはステレオから流れる歌に合わせて鼻歌なんか歌っている。
ネズミの姿をよく見るとお尻からニョキット生えた1メートルほどの尻尾が半分程になっていた。
ネズミは多くは語らないが僕はどうやらネズミに救われたようだった。
僕はネズミに感謝をする。
そして、ネズミの尻尾がまた長くなるように願った。

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