夕日の落ちるとき


今日は久しぶりに夕日の落ちる瞬間を見る事ができた。
なんだか感慨深いものだ。


それにしても、日中は日の動く早さなんて意識した事はないのに、夕日の時はものすごく速く感じる。
太陽の動きが山に隠れるか隠れないかという相対的な物差しがあると時間は短く感じる。


「僕らは相対的な時間を過ごしているのだな。」と思う。


「社会人になったらあっという間に時間が過ぎて行く」、なんて事をよく耳にする。
それは相対的な時間からすれば当たり前のこと。

一歳の赤ちゃんにとっての一年は自分の今まで過ごして来た歳月と同じ時間であり、言わば100%。
二十歳の青年にとっての一年は自分の人生の5%。
還暦の初老の人にとっては1.7%にすぎないのである。
だから一年の重みは年を追うごとに軽くなっていく。

自分の体験との相対。太陽と山のような空間的な相対。面白い時、つまらない時のような感情的な相対。
時間は僕らの頭のなかで相対的に変化する。

「これが僕なりの相対性理論なのかな。」、と夕日の落ちるときに思う。