鏡の国


鍵を探しながらマンションの開放廊下を歩く。バックに目をやっていると「バシャ...パサ」という音。
家の前に水溜りが出来ていて、足を入れてしまっていた。
スニーカは少し汚れ、手に持っていたダイレクトメールを水溜りに落としていた。
「君は相変わらずだね。」とネズミがいう。
僕は落として濡れたダイレクトメールを拾い、手すりに置いた。
「確かにね。でも、これはこれでいいもんじゃないかな。」と言い、カメラを出して水溜りを写すことにする。
「君もだいぶ分かって来たようだね。そう、君のその性格は楽しむべきものなんだよ。」
ネズミの声を聞きながらアングルを決め、ためし撮りをする。
「この水溜りの向こうには僕とまったく逆の性格の僕がいるかもしれないな。向こうの僕は水溜りに物を落としもしないし、注意力もある。」
「そしてこんな写真も撮ることもなければ、僕と会話をすることもない...でもそれはすでに君じゃないね。」とネズミが笑う。

水溜りは踏んで出来た泡が無数に浮かんでいて、幾つかがくっついては大きくなってはじけ、向こうの世界に波を送っている。

「でもひとつ位、向こうに通じる水溜りがあってもいいんじゃないかな。 僕の性格だといつかは見つけ出して、もしかすると向こうのまったく別人の自分に会うことが出来るかもしれない...と考えるのはどうだい。」とシャッタを切り、ネズミを見る。

「...やれやれ、だな。」とネズミは肩をすくめた。