Insects Symphony At Full Moon Night

会社を出ると秋の音が薄っすら聞こえてくる。
「リーリーン、リーリーリーン」
植え込みに近づくにつれて、鳴き出す虫は増えていく。なんだかオーケストラの演奏前の調音を思い出す。
植え込みを通り過ぎ、車までの道のりを小さくなる虫の音に耳を合わせているのに気づく。
車まで到着し、車に乗り込みエンジンキーを回す。
グアンーという音と共にエンジンが動き出し、カーステレオからラジオの音が流れ出す。
しかし僕の耳は虫の音に音量を合わせていたためラジオの音が不快に感じる。
さっきの虫たちの声が聞きたいと思い、ステレオのスイッチを切り、車をオープンにしてからサイドブレーキを外す。
「今日は自然の多いところを走って帰ろう。」


アクセルを踏みこむ。エンジンの低音と風を切る感覚。そして、次第に周りから虫の音が聞こえてくる。

車の運転次第で変わるそれらの音は、ある種のメロディーを作っている。
ある意味、僕はその指揮者であり観客でもある。
ハンドルは指揮棒になり、アクセルやウインカーを使い、すべての音をコントロールしているのだ。


そんな気分に浸っていると、
「すっかり秋だね。」といつの間にか助手席にいるネズミが言う。
「ひさしぶりだね。ネズミ」と少しネズミの方を向き、すっかり尻尾が長くなっているのを確認する。
「君にとってはそうかもね。」
「そうかい、しばらく見かけなかったけど。」と僕は少し心配していった。
「周りにいる虫たちといっしょさ、君が気づかなかっただけ...それにしても気持ちいい夜じゃないか。」
「そうだね。夜空には満月、その月光に照らされる草木、その草木を通り過ぎる秋の風。そしてその風に音を乗せる、目に見えぬ演奏者達ってか。」
「君のそういうロマンチックなところは案外好きだよ。」と笑いながらネズミは茶化す。
「まあね、そんな所も今日なら出してもいい気がするよ。ついでになんなら一句詠もうか?」と僕。
「謹んでご遠慮させていただきます。」といい、ネズミは笑う。
「それより、曲が中断してしまったようだよ。」とネズミは町並みを見ていう。
確かに車は市街地に入り、車の音だけで虫の音は聞こえない。
「了解。さあ、楽しい音楽の時間だ。」といい、僕は郊外への道にハンドルを切る。
次第に強くなる虫の音を聞き、久しぶりにネズミとのドライブに繰り出す。
二人とも無言で、繰り返される虫の音と心地よい秋の風を感じる。
そんな夏の終わりと秋の始まりを存分に感じる十五夜の夜です。